2008年11月14日

今が旬です、刺し芽から育った秋咲き小菊

スプレー菊を飾った後、刺し芽を楽しむ
10月~11月 夏花の終わりに変えて登場する小菊


菊の苗を買うことはありません
切花を楽しんだ後刺し芽をします
今年はポットから下に降ろしたせいで
とても良く成育し、見事に花をつけました。




菊の花 5種盛りを楽しんでいます

鈴晴れ

      
           晩秋の候



  

Posted by 西岡専務  at 12:24Comments(0)TrackBack(0)私のガーデニング

2008年11月07日

北摂支部・女性部 合同研修in鳥取1泊旅行第2章

11月2日~3日
日曜日と祝日をかけて三徳山三仏寺と鳥取砂丘へ
さて2日目の朝から



鹿野温泉は山陰の山陰に
ひっそりとたたずむ、国民宿舎山紫苑


広々とした日本庭園は噴水の池と石灯篭を抱く
拍手ニコニコ
国民宿舎のイメージを一掃しましたお料理は、
1,000円アップの必要など無かった豪華版で、
山海の幸満載13品は質と量いずれも良し
とても食べ切れませんでしたのが、罪悪感

掛け流し温泉露天風呂には垣根となった
早いさざんかの花が日本庭園をさえぎり
くつろぎの空間いうことなし
これで1泊2食付11,935円税込みです
お部屋も綺麗で大満足でした




鹿野温泉10時出発、鳥取砂丘へ

海は荒海 向こうは佐渡よ
   すずめ鳴け泣け もう日は暮れた
 みんな呼べ呼べ
      お星さま 出たぞ


砂丘は北西の風が砂を運んで何万年、
人の計り知れない年月をかけて出来ました
大自然に触れると、自分の小さい事や
はかない事が思い知らされます





砂の美術館開催中
2008.4/26(土)~2009.1/3(土)

私達は幸運でした。アジアの世界遺産を
砂で創り上げた、雪祭りならぬ砂祭りを見ることができた。
開期が終わるとこの芸術は後かたたなく壊されるそうで
それは雪祭りと同じですが、期間の長いのが有難い
興味ありましたら、是非お出かけ下さい。



世界遺産・アジア編
バーミアンの遺跡等へ続きます

☆☆日本における現存の城は12城
     その中でも一番勇壮なるは姫路城です

 ☆☆お隣中国5000年の歴史に名を残す万里の長城  
  ☆☆


☆左上イランのペルセポリスのレリーフ像
 ☆中イラクの人頭有翼の雄牛像の前にて
   砂丘ラツキョウの花束を頂く
   ☆右同じく....宮殿を守護する巨大獣の前にて


☆☆左下と中 遊歩道を歩くとシルクロードを旅する
隊商の像が雨に晒されながら今も残る。
これは第1期に作られた砂像で壊されないままここに
おかれ、第2期では製作途中を披露する

その隣 右は万里の長城  ☆
   ☆
    ☆


☆☆まずこの姿に感動
☆一度は行ってみたい史跡、兵馬俑
 ☆等寸大に刻まれた砂の芸術



☆左インド カジュラホ寺院の壁画
 ☆中イラン ペルセポリスのレリーフ作者紹介
  ☆右タイ 古都アユタヤの遺跡
      ☆☆

☆そしてこの下はインド タージマハル
 ☆アフガニスタン バーミヤン大仏と石窟


2001年アフガン内戦で爆破されたバーミヤンの大仏
2003年危機遺産に登録され、復興作業が続けられる
東大仏38メートル、西大仏55メートルの巨大さを誇った





☆中と右はカンボジア アンコールトム
  ☆アンコール王朝のバイヨン寺院に残された
    ☆



スマイル雪炎
日本のアーチストは茶圓勝彦さん(姫路城・アユタヤの遺跡)
中国・インド・シンガポール・イタリアの芸術家達の美の結集
雪ならば融けるけど、砂は融けない、しかし雨風に弱い
いずれにしても永遠のものではない事を、切なく訴えられる



アジアの作家さん達が作り上げた
砂の芸術を見せて頂きました

アジアにはこんな素晴らしい文化が悠久に....
ニコニコ拍手

旅行の途中で必ず見つける珍しい花
今回は砂丘宵待ち草です

☆海岸線に咲く花は潮風と海水の浸透で、この環境しか
  ☆なじまないと言うのがほとんどです。
    ☆かって白浜の海アザミを持って帰ったけれど無理
     ☆以来、カメラに収めて画面で楽しむ事に

第2章をご紹介して、最後に
  ご参加有難うございました。

月間同友冊子12月号の北ブロック頁に旅行記を掲載

 山陰の修験道、三徳山三仏寺へ参る道は、60度とも
思える斜面を、蔦を引き木の根を持って押し上がる。
想像を絶する苦難の道のりに汗と涙、鼻水がすすり落
ちる。
 慶雲3年(706年)役の行者が開祖、奥の院投入堂
まで海抜470mと高さで言えば楽勝….とは、大間違い。
入山口では靴を点検、登山出来ない靴はわらぞうりに
履き替えさせられ、鼻緒股が痛い。幾度か挫折も考える
が、ここまで来たからにはもう少しと我と我が身を励まし、
鐘楼堂、投入堂が見えたときには、自然に涙が伝っていた。

 鹿野温泉一泊、国民宿舎山紫苑は掛け流し湯の
露天風呂が最高。会席膳の質と量にも大満足。
山陰の地酒の味見も研修のうちとか….。
 
 翌日は白兎海岸を西に鳥取砂丘へ。北西の風が
浦富の岸壁に向けて砂を運び、何万年かの年月を
経て砂丘となる、大自然の織り成す驚異と不思議、
人の世の短さ、儚さを思う。
 幸運な事に、砂の美術館第2期展示が開催されて
いた。世界遺産・アジア編を日本に居ながらにして
楽しむ。砂と水のみで作られる芸術に感動。

2009年1月3日で開期は終了し、これらのアートは
壊されるとか聞いて又吃驚、それまでに是非見に
行くべしと誘う。
 研修の最後は賀露漁港で日本海の魚を食する
昼ごはん。参加者21人、バス運転士とガイドは
同友会自前で、良く学び良く食べた
               鳥取研修の旅に乾杯。


  ☆
     ☆






  

Posted by 西岡専務  at 14:16Comments(0)TrackBack(0)中小企業家同友会

2008年11月05日

北摂支部・女性部 合同見学研修会in鳥取1泊旅行

三徳山三仏寺の奥の院投入堂
(なげいれどう)まで登りました

紅葉の鹿野温泉で1泊 21名
次の日鳥取砂丘の大自然にふれる旅

11月2日(日)~3日(月)

男性8名、女性13名の旅です
1人ではとても行けない旅ですが、だからこそ参加ご希望が
マイクロバス1台分、きちんと揃いました。
運転士は山田モータースの山田さん、バスガイドは西岡が、
昔取った杵柄と楽しみながら皆様をご案内。
それでは旅の様子をご案内致します。



中国道佐用から373号線一路北へ
途中智図街道の清流茶屋かわはら
にて昼食8時30分に出発して、昼食をはさんで6時間
やっとお目当ての三徳山三仏寺へ着いたのは2時30分でした

さてこの山は修験道の道。
慶雲3年(706年)飛鳥の時代に役の行者により開かれた
蔵王権現をお祭りする寺です。
密教道場にふさわしい最古優秀の金剛蔵王大権現様は
国の重要文化財、奥の院投入堂は国宝となっております。
標高470mのところに位置する
投入堂目掛け、命がけの登山が
始まりました。

大袈裟ではありません。毎年1~2人が崖っぷちから
転落して亡くなっているそうです。




ここは文殊堂の廻り廊下
相当怖い崖っ淵に立つとくらくら
地蔵堂も岩の上に建つ
怖くて下は見られません




少し色づいた山々の景観、遠くの山を見る急傾斜
ゴロリゴロリと続く岩場を鎖を手に登り、鐘楼堂の鐘をつく

納経堂が見えたら、
上の組からあと少しとエールが入るが、
本当なのかしら....と


入山して約1時間、観音堂が見えた
そして投入堂が見えてきた
汗と涙と鼻水と、暑くて上着はどこへやら
しかし荘厳なるこの建物こそ、仏のおわします




1日目、鳥取旅日記を終わります
続きは第2章にて

     本ヒ・ミ・ツめがね......。



  

Posted by 西岡専務  at 16:04Comments(1)TrackBack(0)中小企業家同友会

2008年10月29日

野菜作り存亡の危機! 来年のトマトどうなる?

家の裏に野菜を作ってちょうど20年。
関電の鉄塔の下、他に利用は出来ない土地を
荒らしてはいけないからこそ、お借りして作る野菜


夏野菜から始めて、年中、冬の鍋野菜春のおひたし菜作る種類を増やしながら栽培し、無農薬有機栽培にこだわり栽培しました

おすそ分けする友人や社員からは自然に甘い、安心安全うちの野菜は大人気でした。 とくに夏の完熟トマトが自慢です。

しかしこの度鉄塔の撤去
次の夏はもうこの土地は返還か

ちょっと不安ながら、12月に始まる撤去工事の為
ビニールハウスをたたみます。




元々農家の長男の主人は、野菜作りはプロです。
しかしトマトだけは私が明るかったのです。実家で父が販売に供するトマトを栽培し、今で言う完熟トマトのおいしさを買って頂く人に伝えたり、夏休みにはトマト直売のリヤカーを押して売り歩きを手伝いました。

私の父は器用貧乏とか言われていました。明治38年生まれ、昭和の初めの生家は友禅染の染物工場で、友禅を手伝い、戦前の世の中が騒がしく、不経済であるときらびやかな贅沢品は取り扱いを禁じられた時には、警察官へ鞍替え。12年以上勤めて辞めたのは12年で恩給がつく時代、と言うよりなにか悪い事で辞めたと思われたくない一心で、褒章とも言うべき恩給がつくのを待ったそうです。

辞めた理由は、戦中の赤狩り(共産主義、革新主義者の摘発)を使命とされる警察官の仕事が精神的に耐えられなかったとか。
父は明治のデモクラシーの支持者です。
辞めた後、友禅反物の残りを行商で売ったり、小さな土地を借りて野菜を作り始めました。
水害で家を流された後に、本格的に野菜を作り、綾部魚菜市場へ出荷、代わりに魚を仕入れて行商をする毎日。流された屋敷跡に店舗を建ててそこから巻き返し、小さいながらも町外れにある何でも屋を開業。私が18歳で家を出る少し前までその店は続きました。長い間の苦労がたたり父はそこで他界しました。

器用貧乏とは本当にそう、何でもできる器用な人だったけれど、だからこそ私達も水害を乗り越え生きて来られたけれど、お金儲けは上手でなかった........そんな父を思い出します。

何故にトマトが......この続きは後でご報告します。  

Posted by 西岡専務  at 09:19Comments(1)TrackBack(0)私のガーデニング

2008年10月27日

秋の庭は万葉集に詠われた宿根草の群れ

ホトトギスは1~2輪の花をつける台湾ホトトギスと多輪の花をつける大和ホトトギスがあります。
秋になると葉も少し黄ばみ、虫に食われた跡が哀れ、いずれも徳島からの移植です
その曼荼羅模様が野鳥のホトトギスに似ているからこの名がつけられたとか申します
真ん中が台湾ホトトギス 左右が大和ホトトギスです


秋の七草藤袴

ガーデンシクラメンは今から

真夏の間は休憩の花が秋の涼風に復活


  

Posted by 西岡専務  at 09:38Comments(0)TrackBack(0)私のガーデニング

2008年10月26日

鳥兜(トリカブト...洋名ストリキニーネ)はその名の如く



秋雨に濡れた玄関前ポット群に、密やかに植えられた......。

夏を克服するのに毎年難儀します。
この花は高原のものですから暑い日差しに弱いのです。
今年は下からの水揚げが良く、あまり葉を痛めずにこの日
までもってくれた、開花10月20日。
徳島の相栗峠西の谷の里道(うちの   地所です)から採取、大阪へ来て
10年余り、
毎年咲いています

つまり私のガーデニング暦に添っています。
はじめ日本の名が鳥兜というのが、なぜ?と思いました。
しかしその答えはこの花が咲いてすぐに理由は判明。
戦国武将が纏った兜のなかで、鳥兜
と呼ばれるものに形が非常に良く似ているのです。

その形の兜をかぶった武将は誰か、
この追跡をこの後してみたいですね。


そら豆のようなつぼみがふくらんで、花が開くと
鳥兜の形をした濃い紫色の花びらが兜の緒のように....。

がいこつがいこつキョロキョロご存知、ストリキニーネは
アガサ・クリスティーの探偵小説、
名探偵ポワロ にも出て参ります
日本でも、現実に保険セールスマン鳥兜殺人未遂という
おかしな事件がありましたが、毒を持つのは
花ではなく、その根です
根が深い話にご用心を......。


☆  

Posted by 西岡専務  at 13:39Comments(0)TrackBack(0)私のガーデニング

2008年10月26日

京都巡業大相撲を見てきましたぞ!

ハート10月18日(土)午後の事
西京極の京都市体育館において開催



何年振り、の相撲見物に、思いは郷愁?
得意先よりマス席を買わされてしまった!
いいえ、買わせて頂きました。

1人8,000円、4人まとめて32,000円
高いというのか、安いというのか解りませんが、値段ではない、
つきあいが優先しました。
いいとも、実は私は以前は大相撲の大ファンでありまして、その歴史はながーいのです。

ステップ1
はじめに、綾部で生まれてまだ小さい頃、由良川の河原に繰り広げられた巡業相撲を見て、訳わからないまま記憶に残っているのが吉葉山....ご存知ですか?
昭和27年の事ですよ。なぜ記憶にあるか、それは母の実家が巡業に来た相撲取りさん達の宿泊の世話をして、第43代横綱 吉葉山潤之輔 が泊まったのです。
その家は没落してもう有りませんが、いとこと共に横綱に抱かれた私の写真が有ったのを覚えています。


ステップ2
大鵬柏戸の頃は勿論、大鵬の大ファン、しかしそれはテレビで見るだけ。
テレビチャンネルの選択権は私にはなし、それにあの頃のNHKは5時30分まで受像機調整があり、実際に相撲をやっている時間の生中継は無かったのです。


ステップ3
茨木市役所前のグランドに巡業相撲が来たのは
貴乃花(父)が大関、千代の富士が小結?の時。
下の娘を連れて見に行くと、ボンキッキでとても有名になり子供のファンが多い黒姫山が待ち受けに。
そこで、抱っこして貰って写真を撮ろうとしたら、泣いてしまってツーショットは無理。千代の富士も横で困った顔。
その横になんと貴乃花関がいらしてましたのであります。
うちの娘が泣いたのを見て、フフフ可愛いね、
とあやしてくださった忘れえぬ思い出、以来この母は大の貴乃花ファンになりました。


ステップ4
次のブームが我が家に訪れたのは勿論、舞ノ海、
そして兄弟で後継ぎとなった若之花、貴之花の時代です。世間は先に横綱入りした弟を応援する人も多かったが、我が家では弟に先陣を越され、先を譲った兄の憂愁の思いを偲び、頑張れのエールを籠めて兄を応援していました。
東京の両国、出羽の海部屋へ舞ノ海を訪ねたら、地方巡業へ出かけた後、がっかりして閑散とした国技館見物でもしてあきらめたのは、娘達がそれぞれ高校、中学の頃、ついこの間のようです。


ステップ5
彼らも次々引退し、相撲に魅力を感じなくなった頃、登場した外国人力士の中でなんと琴欧州(ブルガリア)ポーランドのチェシュウと顔がそっくり、驚いてましまじと場所のたびにテレビ画面を見つめましたが成程良く似ている。
その後、私が琴欧州ファンになったのは、言うまでもありません。
巡業相撲の番付表を見て気がついたのですが、琴欧州→琴欧洲となっていましたのは最初から?
知らないよー?こんな字だった?
角番になって、縁起かついで字を変えた?
解りません。誰か知っている人がいたら、教えて下さい。
今彼は大関から横綱への挑戦を繰り返しますが、その山は果てしなく高いのでしょう。
琴欧洲の取り組みをご覧下さい。
白鵬との対戦です。



初代横綱、明石志賀之助から、第69代白鵬翔まで江戸時代から続く横綱の歴史は200年にも。
2~3年に1人の登場ですか?厳しき関門しかりです。


相撲が終わった後、バスの駐車場前は大賑わい
大好き琴光喜さんとお話が出来ましたニコニコ






  

Posted by 西岡専務  at 11:35Comments(0)TrackBack(0)旅日記

2008年10月22日

第48回同々ゴルフ(同友会ゴルフ同好会)開催のお知らせ

第48回 同々ゴルフコンペ 
総決算洗替え争奪戦を行います。

早くも忘年ゴルフです。1年を振り返り、わいわいと忘年会と共に盛り上がりましょう。
大変な1年でありました。今年の漢字はさて何でしょう、年末が来るまでに皆様へクイズ形式で問題出して当てっこするのもいいですね。

繰越金を使ってビッグな景品大当たり、景品授与は来春に......といかがでしょうか。乞うご期待、ゴルフ、忘年会ともにご参加希望は私にご連絡を!
尚、レギュラーメンバーにはFAXにてお知らせを届けております。

日 時 平成20年12月11日(木)
場 所 茨木国際ゴルフ倶楽部
集 合   AM 7:40
スタート  AM 8:28 西スタート

前回優勝者......幹事さんは
   ニューベンゴボーイ(近藤輝生さん)


費 用    昼食付キャディー付
        プレーフィー 16,000円

コンペ会費 3,000円    
    ゴルフ場から賞品提供 
   キャディーバックを優勝者へ

忘年会は車をおいて 千里中央で行います
千里百番
        せんちゅうパル1番街2F

忘年会費  5,000円ニコニコニコニコニコニコ

参加ご希望はコメントから、又は下記へとご連絡下さい。
nkaken@skyblue.ocn.ne.jp
  もう一度 nkaken@skyblue.ocn.ne.jp
  
  

Posted by 西岡専務  at 17:09Comments(0)TrackBack(0)ゴルフ仲間

2008年10月14日

下関・関門海峡---津和野---SL山口号の旅

      第2章10月14日(火)そして今日は日本の
鉄道が初めて新橋----横浜を走った日、
鉄道記念日です。
この日はニュースでも必ず鉄道のことが流れます。だから
でしょうか宙翔(そらと)が鉄道オタクになったのは。

今日は彼の誕生日です。


上の写真は、津和野から新山口への途中
篠目(しのめ)で10分休憩している風景です
皆んな汽車を降りて写真を撮ったり致します

旅行2日目 13日の旅程 

下関砲台---火の山展望台---赤間神宮---唐戸市場
---新下関---新山口---津和野---SL山口号---
新山口---新大阪---ラーメン通り---茨木へ

第2日目最初に寄ったのは下関砲台
次に海峡を見下ろす火の山に登る

みもすそ川が関門海峡に流れ込む、そこは向かいの九州と
700メートルしか距離が無い、一番狭いところ。
江戸の末期、開国を迫り押し寄せたイギリスの軍艦に長州藩
は砲撃を始め、それが攘夷を崩し開国への道となった。

この砲台、今は100円入れたら3発ドーンと、
大きな音と煙をあげて打ってくれるけど、
それはバーチャル体験。
一番右の小さな砲台がこのとき使われた本物。
フランスへ渡っていたものを、阿部外省のとき、訪問記念に
貰って帰ったとか......。




そして赤間神宮に参拝

平家の御霊を祀る赤間神宮では、婚礼の花嫁さんに出会う。
石段を登るとその左手には安徳天皇御陵があり、6歳で海に
身を投げられた皇子が偲ばれる。
平家の怨霊はその一門の物語を琵琶にて語り、かきならす
芳一の音曲に魅せられ、毎夜のように芳一を呼びに来たとか
伝説の耳なし芳一を祭られたお堂も続く。

ご存知でしょうか?
平家の御霊に魅入られた芳一は、
毎夜琵琶を聞かせて欲しいと迎えに来る公達に
ついて行き、夜中この神社の境内で琵琶を弾き、
平家物語を語る毎日。
やつれ果てた芳一に、死人のたたりと和尚は
芳一を守る為に体中にお経を書く。今夜はつれて
行かれまいと。
芳一はその夜も迎えの死者が来たが、行こまい
と抵抗するが......耳だけ....、両耳だけ
お経を書き忘れたのが恐ろしや、
怨霊に連れてゆかれまいともがく芳一の
耳をもぎ取り帰ったそうな......。
それからは、耳なし芳一と呼ばれることになった。
耳なし芳一の物語




写真説明です。クリックして大きく見て下さい。

橋赤間神社の隣には、日清講和条約が結ばれた
史跡春帆楼があります。
伊藤博文さんと、右の方はちょっとわかり難いのですが、
政界に寄与された皇族の方です。
今もその部屋は保存され、日清戦争の後両国の立場で
様々な議論がなされ、講和条約が結ばれたことがわかり
ます。

この関門海峡は瀬戸内、関西への入口となり船の交通の
要所です。幕末の頃のイギリスとの戦線から、
幕府の長州征伐、
そして日清、日露といずれも海軍基地をおき、戦いの
舞台となりました。つい最近海の中で機雷が発見され、
爆破されましたが、なんと今も海中に700~800の
機雷が不発のまま沈んでいるとか申します。
その上を昼夜休み無く通る船は、タンカー、外国貨物、
フェリーボートに漁船と様々。
イージス艦は?頂けないですね。

唐戸市場でお寿司を物色
海峡を眺めながら、海の幸昼食

津和野へ隠岐ライナーで、そして帰りがSL山口号




津和野はもう島根県、石見神楽と巡りあう
1年に1度のえびす市、いいもの見せて頂きました。




津和野のイメージってどんなん?
日本の庭のあしらいとして津和蕗が植えられる
津和野の津和蕗は昔からよく食された
日本の原風景を見るような町
中国山脈から湧き出る水が水路に綺麗な水を湛え
鯉が観光客にご飯を貰って丸々太る
昨日のパンが役に立った
宙翔は最高に楽しい時間

甘味処で一休み

栗の形の生菓子に豆茶
あん蜜にほうじ茶

さて、いよいよSL特集です
津和野の駅前にはD511がディスプレイ、
運転席に登って汽笛を引くがとポー、とは言わない



15:36発新山口行き全車両指定席です。



このチケットを買う為に、1ヶ月前2人がかりで予約電話を
回したのが、思い出されます
1ヶ月前の日、10:00きっかりに売り出されるチケット
こんなにすごいと思わなかったSL人気、買えたチケットは
やっと片道だなんて、そんな......。
9:59に電話がつながって、しばらくお喋りのあげくですよ。


出発進行!!!

綺麗に改装された車内をご紹介します

私達の車輌はなんとヨーロピアンスタイル! 
アガサクリスティーのオリエンタル急行に出てきたような
日本でこんな汽車に乗った事がない私は、少々違和感が。
それに、高い衝立が背もたれとなり、車内を見渡せない
閉所感覚、開放感がない.....。などとこれは私の意見ですが。

それでは5両すべての車輌をご紹介致しましょう。



乗り込んだのは2号車、欧風でした


車輌の入口ドアの上に表示がなされています
これは乗り込んで暫くして気が付きました
窓枠は昔のまま、壁に付けたランプがアンチックで
あの時代、アールヌーボーにデザインされた車内

私達の酒盛りが始まりました.......。

唐戸市場で買った平家蟹(わたり蟹)のボイル
小海老のから揚げはワタが美味しい。
津和野の蒸し饅頭にも冷酒が合います。


1号車は展望車風です



車内は明治風、
機関車の次に展望車(屋外を展望できる)が連結
新山口に着いたとき、機関車が切り離されて、
その全貌がわかる。

思い出すのはあの映画
カラーパープルです
(ウーピー・ゴルドバーグ主演)

夫にまで奴隷のように扱われながら、
過酷な人生を歩いてきた黒人女性セリーの終章は
自分で切り開いたファッションの店のおかげで
明るいものとなっていく.....。

そして自分を捨てた父からの遺産を受け取りに
故郷への汽車に乗った.......。
展望車から眺める風景に昔の自分をまどろみながら
その展望車を追いかける黒人少女に
セリーは金貨をまく
かっての自分と重なる少女の面影
展望車はゆるいスピードで草原を走って行った。
      The End


5号車大正風と4号車昭和風
どちらが豪華?




左が大正右が昭和
大正のほうがシートが良い
車内には写真や説明文のディスプレイも




山口号さようなら
いつまでもお元気で
拍手又今度ネ

  

Posted by 西岡専務  at 17:09Comments(1)TrackBack(0)SL制覇の旅

2008年10月14日

SL山口号に乗って来ました!!




10月14日、今日は宙翔(そらと)の
5歳の誕生日です。

私の彼へのプレゼントです
10月12日・13日のSL制覇の旅をご報告します。

10月12日朝7時出発
新幹線新幹線新幹線ダイヤ改正に伴い、私達が乗った新幹線は
多少の時間のずれありです。
8:05名古屋発ひかり391号博多行き........混み具合は
ベスト、勿論JRにとってはバッド。
朝が早いからかな、連休2日目だから?

700系レールスターの3人がけのシートの一方を回転
させて、6人席となり4人が楽々お喋りモード。
人が混めば譲ろうと思っていたんですが、新山口まで
ガラガラでした。
私達はいつも自由席、そらとのシートを頂いても3人分
の運賃で乗れるからです。

キョロキョロハート 後ろには0系こだまが別れを惜しまれて大混雑

新山口で10:30、秋芳洞到着は12:00
秋芳洞まで新山口駅前から直行バス40分の道のりです。


日本一長くて広い鍾乳洞、
名付けの親は昭和天皇さんですって。
まだ皇太子さんの頃、ここを訪れられて、秋芳洞と
名付けられたそうです。
サァ洞穴探検だー!!
洞内は薄暗く、もう少しライトアップが欲しいところ、
せっかくの100枚皿も千町田も良く見えません。
私のカメラでは全体写しは無理、フラッシュが届かない。



ここが秋芳洞かと私は感慨が深いのです。
なぜかといいますと、かって若い頃バスガイドとしてお客様を
入口まで案内し、バスを回送するため自分は見られなかった
無念があるからです。

今日は存分に時間を過ごそうと、エレベーターで秋吉台へ
昇ると、人は暗闇から外へ出たとき、あれほどの開放感を
味わえるものかと。しゅうめい菊とのコントラストも好。

ススキの穂と秋のキリン草が風に揺れ
カルスト台地は最高のお天気
ただ、娘の花粉症が勃発、ススキとキリン草、
いずれ劣らぬ強敵でした。


そらと初めて馬に乗る!!


牡馬ラッキー君に100円人参をあげていたそらとは、
どうしてもこの子に乗りたくなった。
一人では不安、いや危険、馴れないばかりに大きな声で
叫んだり、馬の背中で怖がって暴れたりしたら、それこそ
ラッキー君に怖がられ、暴れ出すかも......。
そこで私と相乗りすることに。

秋吉台の散歩用小道を一回り、所要時間は5,6分。
1人1,000円ですが、相乗りは1,500円。
牛には乗った事あるけれど、馬は初めての私と共に上機嫌。
楽しかったみたいです、何度もその話をバスの中で。

秋芳洞から下関長府まで、路線バスで1時間40分。
しかも満員立ったまま、拷問みたいに半分乗るとやっと1席
空いて、そらとをだっこで到着は下関美術館前、今夜の宿は
目の前に。
ダイレクトで下関マリンホテルまで来ました。

長府城下町の海辺に下関マリンホテルがあります。
海峡を行き来する船が頻繁で、目の前は九州門司
10階海側の部屋からの眺めは最高!
下に見下ろすマリンパーク温泉は外からのお客も受け入れる
洋間に2ベッド和室に2布団で楽々お泊り楽しかったけど
今日の疲れで全員10時就寝とは、もったいない、

10月13日朝9:30ホテル出発
関門海峡の一番狭いところは700メートル、九州は目の前
続きは第2章にて......。

  

Posted by 西岡専務  at 11:33Comments(0)TrackBack(0)SL制覇の旅

2008年10月11日

10月14日はそらとの誕生日・SL山口号プレゼント



5歳になります宙翔(そらと)君
10月12日朝
新大阪発でないと自由席が無理、7時20分-ひかり
7時33分こだま
又は7時59分-こだまに乗って山口に行きます。

旅程のご紹介
ニコニコ第1日目秋吉台秋芳洞の鍾乳洞、ホラ穴見物。初めての自然が作った創造物に出会う宙翔はどんなかな!
新山口に帰って山陽線を西へ下関まで電車に乗ります。

叫びお泊りは下関マリンホテル、関門海峡を行き交う船を見ながら日本列島を楽しみます。
メロメロ温泉はかけ流し、和洋風呂ありそこが値打ち。

第2日目、新山口から津和野へ在来線で行く。
その帰り、やっと取れたぜSL山口号、3時36分津和野発新幹線新幹線新幹線に乗って帰ります。
津和野でどのくらい時間がとれることやら
さてその次の日は宙翔の誕生日14日です。5歳だよ!もう大人だよ!そんな訳ないか......。続きは旅行の後でね。
  

Posted by 西岡専務  at 21:49Comments(0)TrackBack(0)SL制覇の旅

2008年10月08日

第47回 同々ゴルフ(中小企業家同友会ゴルフ同好会)

10月7日(火)開催 結果報告
サンロイヤルゴルフクラブ
優勝はニューベンゴボーイ
(近藤 輝生さん)でした!!


out44in43 グロス87 HD20.2 ネット66.8 5.2アンダー

参加者ご紹介
※レギュラーメンバーでご紹介がまだの方のご登場です。
※本日の総出走馬、13頭です。

           ケイジコロンダ
              タケシバレコード
                 カントウヒデジロウ

新メンバーを加えて益々発展、同々ゴルフ
※本日初参加の方のご紹介です。これからも継続ご参加を

           モリノフレンドリー
                ムレナスケイカク
                     サカタノキントキ

天気快晴にして山清し
ニコニコ晴れ秋雨前線はこの日関東へと退き、ベストコンディションでのプレーはいかがだったでしょう。
皆様他の予定と重なったそうでありまして、フルメンバーでは無かったですが、新しい参加者から盛り上げて頂きました。

たかがゴルフ されどゴルフといいますが、私の今日のスコアは天国と地獄(それはすこし大袈裟)

アウト最終、このパター3ヤードが入ればトリプルで納まり何とか49というパターが入ったときには、自分自身の集中力の素晴らしさに惚れ込みましたね。
問題はその後、イン出だしから778、最後までプッツン治らず最終もダボ、自分自身集中力のなさに情けない結末。61をたたいて又来たくなるこのゴルフ場。
泣きされどゴルフです。

スタート風景


優勝者は必ず申します、パートナーに恵まれて......。
いいや自分がうまいんだ!!
表彰パーティーにほころぶ笑顔?? しぶい顔は......?今日のゴルフを忘れたいとか


さて次回48回のお知らせです
12月11日(木)ゴルフと忘年会
茨木国際ゴルフ倶楽部と千里中央にて
詳細は後ほどお届けします


  

Posted by 西岡専務  at 10:27Comments(0)TrackBack(0)ゴルフ仲間

2008年09月26日

数々の危機を乗り越えて仕事と生きる


北摂支部の9月例会
9月25日(木)高槻京都ホテル
報告者は下林浩子さんでした。
               そうざい・珍味製造販売
               大鶴食品工業株式会社 代表取締役
                従業員70名売上4億3千万円

創業50年を超える老舗の食品製造の会社を義父、ご主人と受け継ぎ3代目の社長として継承して来られた下林さんの会社は物に心を添えて.......お惣菜を作る会社です。

家族の食事を作る主婦から、世の中の人へ安心、安全なお惣菜を届ける会社の社長へと歩んできた道は激動の運命を背負った過酷な道でした。

ご主人をなくし突然の社長就任後、後継ぎとなるはずの息子さんにも先立たれ、生きていく力さえ尽きようとする中で、
彼女の経営を支えたのはたゆまない理念でありました。
今、世の中では
食品の産地偽証、中身の不当表示が社会問題として摘発される毎日、ニュースに登場する会社幹部は、只儲けたかったと嘯きます。この怒りはどこにぶつけていったら良いのか。政府までもその偽装に加担しているのなら我々の明日はどうなる?
しかしこの日聞く話は全くそれとは違う世界、子供を育てた女性ならではの、温かいお母さんの心を感じるお話です。

下林さんは 物にここ