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2008年05月28日

骨折れモモが高松から家に来ました。

骨折れモモが高松から家に来ました。骨折れモモが高松から家に来ました。骨折れモモが高松から家に来ました。
コタツにもぐりこんでは、熱くなったら出てきて涼む、最近のモモは活動も控えめ。狩りの収穫もほとんど無くなり静かにまどろむのみ。14年前の平成6年6月ごろ生まれだから又1歳年を取りました。
このシリーズはモモを最後まで記録する為に設けました。猫年齢として60歳くらいかな。
第2章モモがうちに来た訳、その思い出小さい頃の写真はデジカメではなく、今度探して添付致します。
お盆の帰省は徳島へ毎度帰る、それが長男の嫁(私)と孫たち(私の2人の娘)のいつものことです。
忙しくて主人が帰れないときも、先に帰っていました。
伊丹から高松空港へプロペラ機に乗って帰省、そのあとはタクシーで6,000円位の山の中は徳島県、平の帽子と書いた平帽子、平家の落人部落です。バス路線も通わないこの村は以前にもご紹介しました。

さてモモですが、見つけたのは若菜、空港売店のガラスの向こうにミャーミャーと鳴き声がして、片足に怪我をした子猫がいました。
ガラスが邪魔をしてこちらエリアに来れないのに、頭をガラスにぶつけながらこちらへ来ようとします。
ひたすら関わらないようにした私は実は猫は苦手だったのです。とうとう娘に抱かれたモモは手のひらをすりすり、ここが子の子の猫力です、放ってはおけないような気持ちにさせてしまいました。見ると大腿骨が折れ、その切っ先は皮を破って突き出ていました。そのままの形で固まった骨はへの字に曲がり歩くに困難な様子、お腹が空いている様子につい牛乳と宇和島じゃこ天を買い求める私。タクシーで田舎へ連れて帰り、ここならもう1匹いるのだから飼って貰えると高をくくった私に、
今は亡き義父が言いました。姉さん、自分が拾ったんだから、自分で育てんと.....大阪へ連れて帰りんさい。
エーーッ自分で拾った訳では....娘が拾ったんだけど....とノタマウモ受け付けられず、3日間滞在の後大阪へと連れて来ました。

今から思えば、義父が、この猫を我が家で飼いたいと訴える娘達の援護射撃をしたんだなぁーと、その時のことを何度も思い出し、そして今すっかり年をとったモモ、桃の箱に入れて怪我した足をかばいながら私の家に連れて来た日のモモを思い出しています。
モモの手術は50万円近く掛かり、その骨がくっつかないうちに屋根から飛んでもう一度骨折、やっと落ち着いた頃にはもう女性としての生殖能力に野性が目覚めていました。

そして家族会議の議題は、女性として子を持つ能力を人間の勝手で取り上げて良いものか......私達は神を冒涜し、自分の意志を伝えられないモモの母としての将来を奪うのか....。皆が泣きました。しかし獣医の先生の少しでも長らく平和にこの子と暮らしたいと思えば決断を......の言葉でモモはお母さんとなる道を失いました。なぜにゆえに犬派の私は果たしてモモにより猫派となりトラ鈴ネコ、モモなしの人生が考えられない毎日です。


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Posted by 西岡専務  at 12:45 │Comments(0)うちの猫

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